麺の読み物

NOODLE NOTE

ヌードルアーティスト®️ 橋爪利幸インタビュー

日本で最初に「翡翠麺」を開発した製麺会社「はしづめ製麺」は、多彩な麺で「ホテルオークラ東京」をはじめ、国内有数のホテルやレストランの料理人より熱い信頼を受ける。”ヌードルアーティスト”の肩書きを持つ代表取締役社長の橋爪利幸は、100を超える種類の麺を開発し、「より美味しくより美しい麺」を探求し続けている。一流の料理人たちに選ばれる麺とは何か。開発にあたっての秘訣や、ヌードルアーティストとしての想いを語った。

 


  

遊び場から仕事場へ

はしづめ製麺を創業したのはいつでしょうか?

1949年に私の父が東京・品川で製麺業を始めました。当時は戦後日本の第一次成長期で、本場中国の料理人たちが日本に来て、中華料理のお店が増え始めた時期でした。父はそういったお店の料理人に向けて麺を製造して卸していました。「ホテルオークラ」や外資系ホテルなど、都内のホテルが開業ラッシュを迎えると、町の一流中華料理店の料理人がホテルの料理長になっていきました。そのままお取引に繋がり、今もホテルやレストランとのお付き合いが多いです。

橋爪さんが製麺の世界に興味を持ったきっかけを教えてください。

物心ついたときから製麺工場が遊び場で、小学校から高校にかけていつも手伝っていました。大学卒業後に、そのまま家業に入りました。

入社した当時は早朝4時ごろから製造を始め、その日のうちに納品していました。冷蔵技術が発達してなかったので、朝から晩までひたすら作る日々です。

製造、配達、営業とひと通り経験して、30歳ぐらいから麺の開発を任せてもらえるようになりました。品質の向上はもちろんですが、取引先の料理人や直営店のお客様から色々な意見を伺うことも増えてきて、ニーズや好みに合わせた麺づくりを心がけていましたね。

 

日本初「翡翠麺」の開発

種類豊富なはしづめ製麺の麺の中でも、特に「練り込み麺」がユニークだと感じます。一番最初に開発した練り込み麺を教えてください。

ほうれん草を練りこんだ「翡翠麺」です。先代が日本で最初に開発しました。1980年頃のことです。「センチュリーハイアット東京」(現:ハイアットリージェンシー東京)に「翡翠宮」というレストランがオープンし、その中華レストランのシェフからオリジナルの商品を作りたいとご相談をいただいたのがきっかけです。「翡翠」の名前にちなみ、ほうれん草を使った緑色の麺「翡翠麺」をご提案し、採用していただきました。

初めはほうれん草を手絞りのジュースにして練り込んでいました。当時私は小学生で、それが毎年夏の仕事でした。

しかし、ジュースの状態で練り込むと緑色にはなりますが、素材の美味しさまでは表現できませんでした。素材を丸ごと使えないかと、私の代で製法を改良し始めました。その結果、濃縮したペーストの状態で練りこむ方法にたどり着き、食物繊維も含むので、食感も味もとても良くなりました。夏場の清涼感のある冷やし麺として爆発的に売れましたね。

その後も、食感を改良するために卵白を加えたり、麺そのものを伸びにくくしたり、時代のニーズに合わせて改良を重ねています。

 

「翡翠麺」の他にはどんな代表的な商品がありますか?

2012年に「広尾はしづめ」というレストランを開業したのですが、そのオープンに合わせて開発した「ごぼう麺」と「山椒麺」です。

「ごぼう麺」は、鶏そばに合う麺を構想して生まれました。選りすぐりの素材を求めて試行錯誤していた頃、当時の青森県知事さんと知り合い、青森県がごぼうの日本一の生産地だと聞きました。そのご縁から探し求めていたごぼうと出会うことができ、それ以来青森県産の高品質なごぼうを使ってもう10年になります。

製造工程では、生のごぼうを手作業でカットして、ミキサーにかけてから練りこんで作っています。素材を余すことなく使い、活かし切ることで、ごぼうの香りと甘みをそのまま感じられる麺に仕上げています。

「山椒麺」は、坦々麺に合う麺として開発しました。花椒(ホアジャオ)という中国の山椒を使っています。最初にフードプロセッサーで粉にして試作したところ、熱が加わって花椒の香りが飛んでしまったんです。そこで、その都度石臼引きにして練り込む方法にしました。熱が加わらず、花椒の香りが引き立つ麺になりました。

「ごぼう麺」も「山椒麺」も、時間と手間ひまをかけた工程で丁寧に作っています。大変なことも多いですが、一番美味しくなる方法を導き出し、一番美味しい麺を提供するのが私たちの使命なので、どの麺に対しても同じポリシーで向き合い作り続けていこうと思っています。

  ▲香りと甘みが記憶に残るごぼう麺

より良い麺づくりへの挑戦

美味しい麺のためには時間も手間も惜しまないとは流石です。一番開発が難しかったのは、どの麺ですか?

「ライスヌードル」の開発は大変でした。生の米粉麺を作れないかと、リクエストをいただいたことが始まりです。生の米粉麺は小麦粉と違って結着物質であるグルテンが入っていないので、どうすればうまく結着して生麺として提供できる商品になるのか、何度も試行錯誤を繰り返しました。

この経験のおかげで、グルテンが入っていない素材でも麺を作れるようになりました。

次の課題は、カロリーオフの麺「糖質ゼロ麺」を作ることだと思っています。糖質を下げつつ、いかに美味しく作るかというのは難しい課題ですね。これまでに麺にできそうな素材はほとんど試してきました。ニンニクでもニラでも、素材は50種類を超えていると思います。麺にできないものはほとんどないです。

麺を作るのは面白いですが、苦労も絶えません。麺は「色・味・香」の3つの要素が重なると、一番美味しい麺になります。さらに「食感」が合わさることで、最高の麺になる。ヒット商品は10〜20種類を作って、ひとつ出るかどうかといったところです。

新商品を考えるとき、発想のきっかけなどはありますか?

まずは料理を想像することです。飲食店で食事をする時も、この料理にはこの麺が合いそうだな、こうすればもっと美味しくなるだろうなと想像して、新商品のアイデアにつなげています。

あとは世界の麺料理を勉強するために、世界の国々を回りました。現地で実際に食べてみないと分からないですからね。例えばベトナム・タイで食べられている米粉の麺「ライスヌードル」や、香港で食べられているワンタン麺に使われる「香港麺」など、旅でインスピレーションを得ることが新しい麺づくりのきっかけになると思います。

2004年頃からは生パスタも作り始めました。生パスタが注目を集め始めてきた時期で、製麺会社であれば中華麺だけにとらわれず、アジア料理、イタリアンなど、幅広く麺を提供していきたいと思ったのがきっかけです。

中華麺にとらわれない開発をし始めた頃から「ヌードルアーティスト」としての活動を始めました。


ヌードルアーティストとして、これからのこと

ヌードルアーティストについて詳しく教えてください。

麺の開発はもちろんですが、麺の伝道師としての役割もあります。お客様には私たちが作る色々な麺を料理として選んでお楽しみいただきたくて、ヌードルアーティストの立場で「広尾はしづめ」のレストランにも立ちました。

ヌードルアーティストに必要なことの1番は、素材を生かすために素材そのものを理解した上で「色・味・香」にこだわった麺づくりです。私の場合は料理も好きだったので、料理人が料理しているところを見て「ここはこうやって作っているんだな」と発想して提案をしています。

アナログっぽさも必要かもしれません。色々な素材で試行錯誤を繰り返し、手間ひまをかけて融合させていくことがとても重要だと考えています。

技術は幅広く伝わっていった方が面白いと思うので、ヌードルアーティストも色々なところに広がっていって欲しいです。麺匠制度のように、ライセンスが取得できる仕組みについても考えています。麺の世界はまだまだ先があると思っています。

今後、やってみたいことや挑戦したいことはありますか?

私たちの麺を、ジャンルを問わず色々なお店やお客様に使っていただきたいです。今までは業務用としてホテルやレストラン向けに作ってきましたが、これからは一般のご家庭向けにもご提供する考えです。その取り組みのひとつとしてネットショップも始めました。高級スーパーなどにも私たちの麺をお取り扱いいただけると嬉しいですね。

直営レストランについては、カジュアルなお店にも挑戦してみたいです。例えば、女性に人気のスープ専門店のように、オシャレな感覚で女性に選ばれる麺専門店を作りたいです。

共通して言えるのは、「麺を食べる人の裾野をどんどん広げていきたい」ということ。

そのテーマを掲げて活動をするヌードルアーティストとして、「青山はしづめ」料理長の山田英明さんと共同で、ヌードル・ブック「365日麺」のような本も作ってみたいと考えています。